なんでも本棚。

まあちょっと欲しいかなと思った本とか、最近気になってる本とか、いろいろ。
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『科学ニュースがみるみるわかる最新キーワード800』
評価:
細川 博昭
ソフトバンククリエイティブ
¥ 1,000
(2009-03-17)
コメント:未読。勉強しないとな。

 これも友人というかパソ通大先輩の著書。17日発売なので、アマゾンはまだ予約ですね。
 いろいろ目を開かれるもんです。

JUGEMテーマ:読書

| 折原偲 | 自然科学 | comments(0) | trackbacks(0) |
『図解入門 よくわかる最新「脳」の基本としくみ』
評価:
後藤 和宏
秀和システム
¥ 1,470
(2009-03)
コメント:未読。勉強したいと思ってるので。

  友人というか師匠というか(笑、パソ通の2代目シスオペだった神北さんが関わった本、ってことでブログに書かれてたのですが。版元サイトのページによると、たいへん一般向けらしい。ちょうどこういう入門書を探していたので、メモ。

JUGEMテーマ:読書
| 折原偲 | 自然科学 | comments(0) | trackbacks(0) |
『ほんとうの環境問題』って何?
評価:
池田 清彦,養老 孟司
新潮社
¥ 1,050
(2008-03)

評価:
池田 清彦,養老 孟司
新潮社
¥ 1,050
(2008-10)

 ほんとうの環境問題、それは、なんかおかしいぞと思っても、なにがどうおかしいのか問題点をクリアにするためだけでも、いろいろ調べなくてはならないことかもしれない。

 なんで今この本かってーと、もとはNHK-BSの「週刊ブックレビュー」だったのだ。
 昨年11月29日放送の回で『正義で地球は救えない』が取り上げられていた。
 泉麻人氏のお薦め本だったのだが、氏の評は特に記憶に残っていない。いろいろ考えさせられた的な、常識的なものだったのだと思う。
 同じ書評ゲストの吉田伸子氏は「レジ袋は捨てるような油で作られていると書かれていた。マイバッグを使わない自分が正しかったのだとわかった」(大意)と言っていた。

  ……ちょっと待て。そんなハナシは聞いたことないぞ。

 そんなことが『正義で地球は救えない』には書いてあるのかと、図書館に予約を入れて、順番がまわってきたというわけであった。

 スーパーマーケットのレジ袋を使わずに買い物にはエコバッグを持っていこう、という運動の強制もおかしい。レジ袋は、レジ袋の材料に用いられなければ廃棄されるしかないような低劣な質の石油から作られている。タダ同然の廃油から作られているからレジ袋はタダなのだ。上質な材料から作られるエコバッグよりレジ袋を使うほうが資源の有効利用になっているのである。
同書18ページ

 この本は『ほんとうの環境問題』への反響を受けて刊行されたものだそうで、こちらも確かめてみたところ、レジ袋について同様の記述があった。

 たしかに、エコバッグ持参運動の「強制」はおかしいとワタシも思う。
 しかしレジ袋はタダじゃないぞ。小売りで買うにはLサイズ1枚2円以下のところはなかなか見つからない。スーパーへの納入価格はもっと安いだろうが、いくらだろうと、そのぶん、コストとして売値に上乗せされている。
 レジ袋の素材はだいたいポリエチレンである。石油を精製する過程で生成されるナフサを原料としている。ナフサからガソリンやベンゼン類が分留できるし、残りをさらに分解してポリエチレンの原料となるエチレンとする。
 まあ、ガソリンやベンゼンを精製した残りといえば残りだし、昔は捨ててたのかもしれない。化学工業は石炭や原油を燃料として精製する過程で出る副産物を原料として活用するところから始まった、と、昔読んだ『アニリン』にも書かれてたし。ナフサは原料としては安いのだそうだ。

 でもね、産物が幅広く使われている今でもゴミ扱いかってーと、そうじゃないでしょ(汗。

 実際の化学工業の工程までは検索で辿り着けなかったので、レジ袋用ポリエチレンを作らなければ捨ててしまう原料油は存在しない、と断言することはできない。
 しかし、レジ袋の使用量を減らすと、そのぶんのナフサがごっそり捨てられてしまう、という状況はありそうにない。ポリエチレンの用途は広いのだ。ポリバケツだってビールケースだって、ブルーシートだってポリエチレンなんだよ。

 『正義で地球は救えない』というタイトルの意味は、人口増のもたらした地球環境の破壊は、二酸化炭素排出量を減らすだけでは解決できない、ひとつの命題だけを守り続ける硬直した行政の現状では環境の改善なんかできやしない、もっと自分の頭で考えよう、ということのようだ。

 それ自体はまことに当を得た問題提起だとワタシも思うのだが。
 一般読者にわかりやすい細部の確認を怠っていては、説得力は感じられない。
 
 この2冊を通読すると、いま言われている「環境に良い」「地球に優しい」(という表現が噴飯ものであることには基本的に賛成だが)ことの論拠が実に疑わしいものに思えてくる。
 じゃあ、どうすればいいのか、それについては、なにも書かれていない。
 これがいちばん困ったところだ。
 そこから自分で勉強を始めれば、まったく問題ないのだが。現時点では、やる意味のあることは何もない、つまり、なにもやらなくていい、という結論に飛びつく言い訳になっちゃうんじゃないかなあ。

 そして。
 京都議定書を認めた各国首脳は50年もすれば皆生きていないのであり、責任ある決定とは言い難い、そんな先のことは誰も責任持てない、ということを繰り返し書かれている。
 読者の大半は、子や孫、年老いた自分の生きる50年後を心配するから、こういう本を読むんだと思うんだけどなあ。著者は50年後には他界されている可能性が圧倒的に高いから、どうでもいいのかもしれないが、とかいう下衆の勘ぐりをしてしまうのであるよ。

 専門知識のある有識者としてテレビでコメントしてる人の本だからって、丸飲みはアカン、と。
 いまさらながら勉強したのでした。なんか疲れたよ。

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| 折原偲 | 自然科学 | comments(2) | trackbacks(0) |