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とめどなく笑う―イタリア・ルネサンス美術における機知と滑稽
 なぜカバーアート画像がモノクロなのだろうか(汗。
 ばっちり、カラーで、電車で読みにくいくらい鮮やかなはずなのに(笑。

 イタリア・ルネサンスとサブタイトルにはあるが、正確にはルネサンス以降と言うべきだろう。過剰な人間性、過剰な象徴性に、容赦ない機知と笑いの仕掛けを見いだすこの本の情報量と言ったら、圧倒されてしまう。
 まあなんというか、美術の象徴解釈はおおむね、しかつめらしい、智と愛(順番も重要(笑))に基づく哲学的解釈だったわけだが。そんなんばっかりじゃないでしょう、もっとニヤリと意地悪い笑いを漏らしたり、ギャハハと哄笑するような要素もあるんだよ、ということなのだが。

 たとえば、瞥見して「……こんなのが当時かっこよかったの? マジ?」なんて思う絵もあるわけですが。その全てがマジというか価値観の差なのでなく、英雄を茶化すモック・ヒロイックな表現も当然あっただろう、というもの。
 異教の神々の図像には、人文主義的な人間性尊重と宗教的な寛容の象徴という意味合いだけでなく、そそられる裸絵を美しく飾る口実に使われたりもしたわけで。ボッティチェリの「ウェヌスとマルス」(ロンドン、ナショナルギャラリー蔵)なんかの、豊穣的解釈と、哲学的な解釈の対比がなんというか可笑しいのである。

 ええ、もう、笑えます。
 ただ現代人の感覚だと、こう、ユーモア感覚が洗練される前の時代の感覚が反映されてるので、楽しいばかりではありません。まあガルガンチュワとか、そのへんから思い当たるフシはあると思うけど。

 日本語で読めるのはたいへん喜ばしいことなのだが、惜しむらくは絵が白黒であること。これカラー図版にしたら、価格的に桁が違うと思うので、しょうがないっちゃ、しょうがないんですが。マイナーな絵が多いので、せめてカラー図版の画集で見たいと思ってもなかなか思うに任せないと思うんだな。そこで星1つ減でした。

 夏に西洋美術館で開催された「パルマ展」に絡めると、またおもしろいと思うんだけどね。図録買い損ねたし、その話はまたいずれ。
| 折原偲 | 美術 | comments(0) | trackbacks(0) |
「若冲と江戸絵画」展
コチラ↑は図録でなく、コレクションを収録した豪華版。

先月25日、東京国立博物館で開催されていた「若冲と江戸絵画」展に行ってきた。
残念なことに東京での展示は終わってしまったのだが、お近くに巡回展示があるなら1回見ておくことをお薦めしたい。日本画は退屈? そんなことぜんぜんないから。

オフィシャルブログ
http://d.hatena.ne.jp/jakuchu/
▼スケジュール
 2006/7/4〜8/27 東京国立博物館(終了)
 2006/9/23〜11/5 京都国立近代美術館
 2007/1/1〜3/11 九州国立博物館
 2007/4/13〜6/10 愛知県美術館

ジョー・プライスというコレクターがいることを、この展覧会の予告や特集でワタシは初めて知った。学者でも研究家でもなく、また著名なコレクターが親類縁者にいたわけでもない、ただ好きで長年集めた江戸絵画のコレクションの中核に、伊藤若冲の名品があったのだという、まあちょっと物語のようないわくのあるひとだそうで。図録にも、日本語はわからない、と書いておられた。

行ってみて、見てなるほどと思わされた。
コレクションに共通するのは、イメージの鮮烈さ、なのである。
これは言葉いらないよね。

若冲といえば鳥、とくに鶏というほどに、すばらしい「紫陽花双鶏図」もある。
宮内庁所蔵の「動植綵絵」にも匹敵する強烈さだ。
ちなみにこちらは最終第五期が9/10まで公開なので、急げば間に合うゾ。
[三の丸尚蔵館サイト企画展ページ]

しかしワタシが目を引かれたのは虎だった。
日本人の絵師たちはおそらく毛皮しか見たことがないはずで、おのれの想像力のままにその姿を画布に描いた。若冲「猛虎図」は何というか絵から跳びだして来そうな迫力があるのだが(笑。なんだかとても……マンガっぽい。人間臭い表情をしていて、あざやかだ。

もっと猫っぽいのは亀岡規礼「猛虎図」
画像だと今ひとつだが、なにしろ描かれた毛並みがすばらしいのだ。ふわふわした手触りまで想像できそうで、そりゃ虎というよりはデカい猫でしょう、みたいな。
かと思うと片山楊谷の「猛虎図」は何だか妖怪っぽい(汗。

いや実在動物の絵、たとえば森狙仙「梅花猿猴図」も素晴らしいのだが。

やはりワタクシ的には虎なのだ。
奔放さと創造性に、目を奪われる。

人垣に紛れ込んで「鳥獣花木図屏風(右)(左)」を見れば、我が意を得た気分になった。サインも印もないことから、若冲の真筆であるのか疑わしいのだというが(プライス氏自身は若冲と信じると書かれているが)。

168.7cm×374.4cmの屏風を約四万三千個の四角に分けて、さまざまに色調を変え塗り分け、しかも二枚描くような物好きは、若冲以外には居ないだろうと、現物を見れば納得してしまう(笑。実在しない動物たちの姿そして色合いの奔放さは素晴らしい。

いや絵として飾るなら酒井抱一の花鳥画が断然いいと思うのだ。「鳥獣花木図屏風」は上手い若冲の絵かと思って見れば何じゃこりゃなんだけど。実物見ないとなあ、わからないなあ、と思わされる絵でもある。


まあなんというか正統や本格は踏襲されるものであるので、そればっかりだともういいよ的に思える訳だが。奔放も鮮烈もいろいろあるのだと知ればまた見る目も違ってくるのだと、しみじみ思った展覧会でした。
| 折原偲 | 美術 | comments(0) | trackbacks(0) |