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図書館ねこ デューイ ―町を幸せにしたトラねこの物語
 久しぶりにハードカバーを買った。
 理由? そりゃ図書館じゃ待ちきれないと思ったからだ。

 アイオワ州スペンサーで、その冬いちばんの冷えこみになった朝、町立図書館の返却ボックスのなかで鳴いていた仔猫が、図書館で飼われ、職員や来館者だけじゃない、世界規模のアイドルになったなんて、猫好きとしては読まずにいられようか。

 午前中に配達があって、その日の夕方には読み終わっていた。

 なんというか、図書館猫デューイの話なんだけど、デューイの猫っぷりに終始した、いわゆる猫本ではないのだ。
 もちろん、かわいい、かしこい、時には可笑しい猫らしさが十二分に書かれていて、猫好きなら何度もニヤニヤすること間違いない。
 しかしデューイは図書館猫であると同時に、図書館の館長にして、第一の飼い主と言うべき著者の、人生中盤の伴走者だった。
 デューイをみとったあとも変わりなく日々を過ごしても、重苦しく胸に迫るペットロスの悲しみと向かい合うために書かれた、著者の半生記の色彩が強い。著者の体験と辛苦は、しばしば女性であることの不幸に傾き、切実に訴えかけてきます。
 しかし、うちひしがれ世界の片隅に我ひとりと感じる瞬間、寄り添ってくれる温かな存在の好ましさは状況を書き込んだうえで語らないと、伝わらないものかもしれないな、とは思いました。『民子』クラスは別ですけどね。
 その不在と向き合うには、かれの助けで凌いできた辛かった状況や、できごとと、もういちど向かい合わなくてはなりません。状況を作り出した原因をどんどん遡っていけば、半生をそのまま書いてしまうことになるのですが。著者自身にとっては、これだけ全部書くことが必要だったんでしょう。
 ものを書くことはセラピーにもなる、読者という他者の目を意識することで、体験が対象化されるからだ、とは、忘れもしない、中島梓『小説道場』で読んだのですが。 自分史というか体験談だと対象化の距離が、すごく近く感じられます。著者の辛さの細部に実感がわかないと、いわゆる苦労話として流して、猫のことだけ読めるかもしれません。しかし共感するほど近い位置(性別とか年齢とかペットロス体験)にいると、悲しい、辛いという訴えが響きすぎるかもしれない。猫好きに薦めるんでも、相手の状態を見極めたほうがいいです。マジで。

 でもさ。
 ほんとに、デューイはなんていい猫だ、18年も一緒にいてくれたなんて。
 これを読むたびきっと涙出そうになると思うので、サクッと売るの決定。どこかで見ず知らずの猫好きを泣かすといいさ。

JUGEMテーマ:読書



評価:
ヴィッキー・マイロン
早川書房
¥ 1,600
(2008-10-10)
コメント:図書館で飼われていたデューイの猫本というよりは……ペットロスに向かい合った第一飼い主にして著者の自分史、というべきか。苦難をのりこえた著者の、デューイとのパートナーシップは素晴らしい。人前では読まないことをお薦めする。涙出そうになるから。
| 折原偲 | | comments(1) | trackbacks(1) |
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藍色 (2010/02/24 1:35 AM)
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図書館ねこデューイ ヴィッキー・マイロン 羽田詩津子
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| 粋な提案 | 2010/02/24 1:14 AM |