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『オーバーン城の夏』(2分冊)
 ルルル文庫はライトノベルのレーベルなので、この本もライトノベルなんだけど、なにしろシャロン・シンなのだ。『魔法使いとリリス』の。
 いや、あれはハヤカワ文庫FTで、そぎおとされ絞り込まれた話だった。題材にも合っていた。
 こちらは2分冊とやや長く、ライトノベルだから対象年齢は中高生以上、主人公も若いし、書かれかたから違うわけで。
 主人公は少女、いや、語り始めはむしろ子供だ。祖母に薬草のまじないを学ぶ見習いで、村で暮らしているけれど、夏だけ、オーバーン城に行く。行方知れずの母親がコナをかけた男が、大貴族の当主だったから。

「いくつかの種類のほれ薬があるんだけど、作りかたを知ってるのは一つだけ。よく効くんだけど――なんて言ったらいいのかな――あなたのいいところや魅力に目を開かせる、ただそれだけなの。そのひとにあなたのことを気づかせてはくれるけれど、ほれさせるわけじゃない。それは自分でしないとならないの。にせものの欲望を生み出す薬もあるわ。だけど、わたしはそういうのは作り方を知らないの。……知っていても、そんなの作らないけれどね。そういう薬作りは、わたしはしないの」
 ちょっとお上品ぶって付け足した。

上巻245ページ
 城内で初めて薬作りの依頼を受けた時の、このくだりは象徴的だ。自分のわざに害がないことを証だてるため、コリーは自ら言い出して、この薬を飲んでみせる。
 その効き目ばかりではないのだろうが、これ以後コリーは、ものの見方を変えていく。
 貴族であっても、ひととして望みのままに生きることは難しく、またその制約の多い生活も、数多の犠牲のうえに成り立っている。たとえばフランスの伝説のフェイに似た超自然的な種族アリオラが与えてくれる慰めを必要不可欠としながらも、奴隷としてかれらを拘束し使役していること、かれらの苦しみには目を向けようともしない。鷹や犬ではない、人と変わらないアリオラを狩り、奴隷として売買することを良くないと感じていても、正そうとはしない状態。それは、おのれより弱い立場にある人間を、意のままになる道具と扱う貴族社会の写像にほかならない。
 貴族社会の頂点であるはずの憧れの王子様ブライアンの本性が、徐々に明らかになる。コリー自身に目を向けてくれた(真意は別にあるとしても)叔父のジャクソンが、叔父自身の望みと向き合い変わっていく過程を目の当たりにして、コリーもまた、わきまえのない子供から、ひとりの大人に変貌していく。
 見たもの聞いたものをそのとおり受け取る、言ってみれば無垢な状態から、隠された何か――誰かに寄せるせつない思いや、絶望にちかい願いに気付き、思いをいたすようになっていく、その変化は実に見事だ。
 導入部の子供っぷりも見事なのだが、読むにはいささか厳しかった。アリオラのいる自然を描くにはこの分量が必要なんだろうとは思うが。ここでストレートに感情移入できないのは、ひとによっては厳しいとおもう(汗。

 以下、やや内容に踏み込むので折り畳んでおきます。
JUGEMテーマ:読書

 にせものの欲望を呼び起こす惚れ薬も、この世界にはあるらしい。でも、コリーは「作らない」と明言している。

 いやルルル文庫は中高生向けだから、欲望は範囲外でしょ、って意見はありだと思うが。
 ほんものだったら、どうするのかな、と思ってしまうのだ。範囲を超えてる大人としては。

 この物語にはハナシの柱が二本ある。
 一本は一人称の視点のあるコリーの、ひととしての成長の物語である。隠された悲劇に気付き、その一面であるアリオラたちの苦境に立ち向かい、かれらを解き放つまでの過程は、妖精や古代の神など超自然的な存在に出会い魅了されるという妖精譚とぴったり重なる。ファンタジーの原型とも言えるそれとの決定的な差は、コリーが自意識に目覚め、此岸にとどまることを選ぶところにある。

 しかし同時にそれは話のもう一本の柱、王位継承を巡る人間たちの争いからは身を引く――政争の具にならないと意志表示する――ことにつながる。最大の苦境にある、コリーをもっとも愛し気にかけてくれた腹違いの姉をひとり、おきざりにして、コリーは退場してしまう。
 いや、こちらのハナシの柱の主人公は異母姉で、そもそもの始めからアウトサイダーであるコリーは脇役でしかないとは言えるのだが。ちなみにこのアウトサイダー要素は、妖精譚の主人公としては不可欠なのだ。いま暮らしている人間社会に帰属感を感じられず、むしろ疎外感すらおぼえて、この世で得られぬなにかを人でない存在に求めてしまう構図は、ファンタジーばかりでなく、物語に欠かせない要素である。
 いやそれはともかく。
 しかし物語はロマンス小説的なハッピーエンドを迎える。
 コリーは「これまでそんなふうに考えたことがなかった」(下324)と言っている。「可能性としても、思いつきもしなかった」(同上)とも。
 しかしそれはまあ、嘘というか欺瞞な訳で。考えないようにしていた訳で。コリーがそれを望んでいたことには違いなく、心からの、ほんものの望みであることに気づく瞬間もたしかに書かれているのだが。望みの達成のための努力を放棄し、何もしないことと、当面の安逸を選ぶ。この状況では、賢明な選択なのだろう。
 ヒロインは己の欲するところに従って行動することはせず、身を引きヒーローの選択に任せた結果、ヒーローは彼女を選び、ハッピーエンド、ってのは、昔の少女小説で見た気がするし。
 これが合わなかったのが、少女小説読みつづけなかった自分的な理由のひとつなワケで。
 どうしてほしいか言ってごらん、言えたらそのとおりにしてあげるよ、ってのは、BL(その中でも、やおいとかJUNE)読者には馴染み深い台詞なのだが(笑)。ただ房事のやりとりに止まらず、心に思う望みを口にし、叶えることが、重要なファクターとなるジャンルでもある。ここに萌えポイントのある人には、このハナシは物足りないだろう、と思うのであった。

 もちろん少女小説としての完成度とはまた別の話なんだけどね(笑)。
| 折原偲 | ファンタジー | comments(0) | trackbacks(0) |
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